2020年度から必修化される小学校でのプログラミング教育実施に先立ち、Z会が本場シリコンバレーのプログラミングスクールとタッグを組んで全編英語の講座を開講した。Z会が考える21世紀型スキルの育み方と意義とは?白熱の教育現場を取材した。

取材・文責:木村修平(立命館大学生命科学部 准教授)

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講座初日レポート

前置きが長くなったのでそろそろ講座初日の模様をお伝えしたい。2016年12月25日(日)、クリスマスの日曜日ということもあってか都内といえども人影の少ない午前9時、 Winter Academy受講生たちがZ会御茶ノ水教室に集合した。今回の受講者数は28名。そのうち中学生と高校生が半数以上を占め、最年少は12歳だ。その他にも大学生が若干名、社会人の参加者も1名おられた。

予想以上に手加減なしだったMake Schoolスタッフの英語

受講生は3つのグループに分かれてそれぞれのテーブルに着席。メンバーの年齢や性別は多様性を持たせるためバラバラだ。ほどなくしてMake School運営スタッフのジョーダン・アルヌセン(Jordan Arnesen)氏の司会によるオリエンテーションが始まった。自己紹介によると、アルヌセン氏自身がMake Schoolの”卒業生”だそうだ。UCバークレーを卒業後、複数のIT企業でエンジニアとして勤務し、現在はフルタイムの講師としてMake Schoolで働いているとのこと。

次にアルヌセン氏による講師陣の紹介。今回指導にあたるのはルーク・ソロモン(Luke Solomon)氏とジェイソン・カッツァー(Jason Katzer)氏。どちらも現役のソフトウェアエンジニアだ。クリスマス休暇を利用しての参加だという。


Make School講師陣。左から、ソロモン氏、アルヌセン氏、カッツァー氏。(Z会webサイトより)

続いて講座スケジュールの説明。1〜3日目はプログラミングの基礎を学び、4日目にはゲームを作成、最終日の5日目には発表会と閉会式を行うそうだ。

オリエンテーションはどんどん進む。受講上の諸注意、Wi-Fiへの接続、プログラミング開発環境「Xcode」のアップデート、受講者とスタッフ全員で身体を動かしてアイスブレイクのゲーム…。

こうして文字にしてみるとテキパキ順調に進んでいるように思われるかもしれないが、上記の説明や指示はすべて英語で行われていることにご留意いただきたい。日本語はほとんど全く用いられない。Make Schoolスタッフの話す英語は、スピードや単語選びに多少の”手心”は垣間見えるものの、筆者が予想していた以上に手加減なしだった。それでも大半の受講生たちは食らいついているようで、さすが英語面接をパスしただけのことはあると驚いた。

Make Schoolが行動規範として強調する「他者への敬意」

オリエンテーションの中で特に興味深かったのは、アルヌセン氏が Make Schoolの歴史を簡単に説明する中で同社の行動規範(Code of Conduct)を明確に説明し、中でも”Respect each other.”(互いに敬意を払うこと)という点を強調したことだ。

同じ場所に居合わせる他者に敬意をもって接することは一般的な社交上のプロトコルだが、Make Schoolではそれに加えて、学習速度の個人差への配慮もこの文言に含ませている。これはプログラミング学習を複数人数で行う上でとても重要な点だ。

筆者もかつて大学で情報処理を教えた経験があるのでわかるのだが、情報の学習というのはかなり個人差が出やすい。たとえばキーボード入力ひとつをとっても、パソコンに慣れ親しんできた人とそうでない人とでは入力スピードに相当の差がある。いわゆるITに強い人とそうでない人とで会話がまったく噛み合わないというジョークをSNSなどで目にされた方もおられるだろう。これがプログラミングとなると、できる人とそうでない人とでは驚くほど差がつく。

シリコンバレー発の人気スクールが学習者間の習熟スピードの違いという課題とどう向き合うのか大変興味深かったのだが、アルヌセン氏の答えは明快だった。「早く進めた人は行き詰まっている人の相談に乗ってあげよう。相談に乗ってもらった人は感謝しよう。お互いに敬意を払い合い、プログラミングは楽しいということをみんなが知ることができるように協力しよう。」

誰が上で誰が下ということもなく、互いに教え合い、分け合い、支え合い、協力し合う。甘っちょろい美辞麗句を連ねているだけのように聞こえるかもしれないが、なるほど、確かにこれはシリコンバレーの文化かもしれないと筆者は思った。有名な例としては、PayPal初期の創業者たちがeBayによる買収で離職した後も強い絆で結ばれ、時には協力し合い、数多くの事業で大成功をおさめた話がある。起業によって大成功した人がエンジェル投資家として次世代の起業家を支援するという話も有名だし、プログラマー同士が技術的な日々の問題を助け合うQ&Aサイト「Stack Overflow」は連日大盛況だ。

アルヌセン氏は続ける。「うまくいかないことが続いても、決して”imposter syndrome”(偽者症候群)に陥ったりしないように。偽者症候群というのは、何に対しても自信がなくなることだ。自分を過小評価するのはよそう。うまくいくときもあれば、うまくいかないときもあるんだ。うまくいってるときなんか、きっと自分は神なんじゃないかって思うよ(笑)」

その他にも、”things to avoid”(避けるべきこと)として、相手に嫌味を言うこと(sarcasm)、辛辣にこき下ろすこと(put downs)、驚いたふりをすること(feigning surprise)、本音を後出しするようなフレーズを使うこと(using “well, actually”)、相手の考えを退けること(dismissing ideas)が確認され、反対に”things to do”(行うべきこと)として、積極的に関わろうとする姿勢(be inclusive)、相手の気持ちに共感すること(empathize)が強調された。

ちなみに、Make SchoolのCode of Conductは、ハッカソンを円滑に行うためのルールを規定したThe Hack Code of Conductに基づいているという。このドキュメントはGitHub上でオープンに管理されている。このようにリソースをオープンにして共有するというのもシリコンバレー文化の重要な側面だろう。

受講生はSlack上のMake Schoolコミュニティに参加

オリエンテーションの終盤、受講生たちはSlack上のMake Schoolチーム内に設置された講座用チャンネルにアクセスするよう求められた。Slackはプログラマーやエンジニアを中心に人気を集めているチャット型メッセージングサービス。チャンネルと呼ばれるグループを手軽に設置することができるほか、パワフルな会話履歴検索、豊富なショートカットキー、見やすいソースコード表示など、プログラミングに携わる人に便利な機能が満載だ。受講生はこのチャンネル内で疑問に思うことや気晴らしのコメントを自由に書き込める。

SlackのMake Schoolチームに登録された今回の受講生たちは、スタッフの言葉を借りれば「Make Schoolコミュニティの一員」なのだそうだ。筆者には、これは実に魅力的な特典に思える。というのも、Make Schoolは講座に参加した人々のコミュニティをとても大切にしているからだ。同社のサイトには同窓生のページがあり、個人の写真とプロフィールに加え、LinkedInなどのビジネスSNSのアカウントなどへのリンクが添えられている。人間同士の繋がりを重んじるシリコンバレー的な人脈作りの足がかりとして、世界中から参加者が集うMake Schoolコミュニティへの参加は得難い特典ではないだろうか。


受講生の指導にあたるカッツァー氏


ここまでで午前中は終了。3時間があっという間に感じるほど情報量の多いオリエンテーションだった。

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