CIECには多様な専門性を持った会員が所属しています。会員の専門分野や教育実践について、インタビューをもとに紹介するのが「会長インタビュー」です。 

9回目は、NPO法人さんぴぃす理事長の河口紅さんにインタビューを行いました。


インタビューはZoomを使って行われました。写真左は河口紅さん。右はインタビュアーの若林靖永CIEC会長です。



河口 紅 (かわぐち くれない)
2000年から教員研修トレーナーとして、授業でICTを活用するための研修を全国の教育委員会で実施。「新たな学びの場」の創出を目指して2004年NPO法人さんぴぃすを設立。現在は教育支援だけでなくまちづくりから、子育て支援や女性の起業支援にも取り組む。すべての事業に必ず「学び」の要素を取り入れて実施することを法人の信条としている。NPO法人さんぴぃす理事長/兵庫県立大学非常勤講師。




若林

河口さんといえば、インターネットとかパソコンとか、あるいは携帯電話などが普及して、それがもたらす課題が学校や子育てにおいて認識されはじめた時期に、講習事業をされていた方だと私は記憶しています。当時は具体的にどんな取り組みをされていたんでしょうか。



河口

私が学校現場に入ったのは2000年で、教科「情報」が高校の必須科目になったころです。先生がきちんと生徒に教えられるようにということで、指導員のような形で現場に入りました。コンピューターを単に使えば良いという考え方ではなくて、学びに活用するとか、思考を深めるために使ってもらいたい、そんなふうに先生の認識を変えたいというのが私の活動の原点です。
コンピュータを授業で有効に活用できないのは、それは決して先生がサボってるのではなく、自分だけ、先生たちだけで何とかしようという意識が強すぎることが原因にある、と当時考えました。今で言う「コラボ」みたいに、外部の私が手伝えることはないだろうかという思いでやっていましたね。その根底には、日本の子どもたちにより良い学びの場を提供したいという強い想いが当時からありました。



若林

学校だけでなく、保護者を対象にした講習も行っていましたよね。



河口

はい。子どもの学びの場というのは、学校だけでなく地域と家庭にもあります。この3つのバランス、連携が重要だと考えていました。当時の子どもたちは、パソコンや携帯電話を使いたくて仕方がない、という状況でした。そうであれば、そのパソコンや携帯電話を軸に、みんなを巻き込んでいったらいいんじゃないか。そう考えて、保護者や地域向けの講習をやっていったという感じですね。その頃から、一方的に知識の伝達というスタイルには疑問があって、最新のテクノロジーだからこそ、大人も子どもも一緒に学んだり学びあうのがいいんじゃないかと思っていました。


オンラインゲームの普及と子どもたち



若林

パソコンは道具なんだから、どんなふうに使うかが大事。人を傷つけないとか、自分の身を守るとかいった部分も含め、ちゃんと使えないとマズイよね、というのは今も通じる部分ですよね。社会の仕組みや企業のサービスも、当時に比べれば今はずいぶん充実してきているとはいえ、やっぱりその使い方は個人の自己責任、個人が持つべきリテラシーだ、というのはまだ続いているところがある。



河口

そうですね。もう今の時代のリテラシー教育は、小学生から必要なんですよね。象徴的なのがオンラインゲーム。子どもが大人と遊ぶのは「お正月にすごろく」みたいな私たちの時代とは全然違って、オンラインゲームというハードな大人の世界に小学生が突然デビューして、そこで罵倒されたり暴言を吐かれたりもする。



若林

オンラインゲームって、小学生が大学生とか、たとえば40代の人と1つのチームを作ったりするのって普通にありますもんね。お互い、相手が何歳なのかもわからないですし。



河口

わかっていてやっている、というケースもあります。実際、YouTubeには小学生を罵倒するような動画が多く公開されているんです。



若林

小学生だから反撃できないだろうってことですか。ひどい話ですね。まさに弱いものいじめ。



河口

ただ一方で「オンラインゲームがなかったら、人の温もりを感じられなかった」という声もよく聞くんです。コロナ禍で友達と遊べなくなった時に、みんなでボイスチャットをしながらフォートナイトを遊ぶっていうのは、誰かの家でいっしょに遊んでるのと同じ感覚だと。



若林

子どもと大人を分ける線がなくなってきている、ということだと思うんですよね。大人が他の大人といっしょに遊ぶ時に丁寧な言葉を使う、年下であっても「さん付け」する、といったことを広げていかないといけない。それと同時に、いじめやハラスメントに対して、法的な対応も含めた社会のルールを整備していかないといけないんでしょうね。
昔は、危険だから携帯電話は与えない、あるいは特定のサイトしか見せないよう機能制限をする、という方法もよく取られていましたけど、特に小学校高学年とかだと、そのやり方は妥当じゃないですよね。子どもたち自身も、そういう隔離するようなやり方をされたら楽しくない。
でも、子どもたちが大人の世界に入っていってしまったら、子どもたちをなかなか守れないですよね。ゲームの世界はそういう文化だから、傷つきたくないなら入らなければいい、という考え方もあるかもしれないけど。



河口

相手から言われる否定的な言葉も、リアルで顔を見て冗談っぽく言われるのと、オンラインで画面越しに罵倒されるのとでは、心の傷も全然違ってくるだろうなとは思います。



若林

リアルとオンライン、それぞれメリット・デメリットはありますよね。リアルだと罵倒だけでなく身体的暴力などにもつながる恐れがある。オンラインなら罵倒しても身体的暴力で反撃される心配がないけれど、される側も回線を遮断するという回避手段があるじゃないですか。



河口

ただ、オンラインにしか居場所を感じられない人たちは、罵倒されても簡単に遮断できない、という話も聞くんですよね。大学生ぐらいなら、罵倒される役回りをキャラとして演じるような形でやり過ごすことができたりもする。でも小学生だとそこまでできなくて、親に言ったりしてやめることになるか、もし言える人がまわりにいない場合は、今度は自分が罵倒する側に回ってしまったりする。



若林

あまり簡単に「監視して規制をする方向が良い」とは言えないですが、ゲーム上のやりとりを監視して、罵倒の言葉でアカウントを停止するような仕組みを業界が整備する、ということも技術的には可能ではあるでしょうね。



河口

私は、学校の先生たちにもっとオンラインゲームに興味を持ってほしいと思いますよ。学校の先生が現実的にできることは限られるのかもしれませんけど...。子どもが自分の経験したことを言える場があり、それに寄り添える人がいることで、子どもは学び成長することができると考えています。



若林

学校の先生や、保護者、あるいは河口さんのような立場の人がその役割になることも考えられますよね。オンラインゲームは、非日常的なエンターテイメントとしてだけでなく、もはや日常生活の一部になっていくような流れになっていますから、どう健全な産業、世界として発展させていくかは大きな問題です。ちょっと話が大きくなっちゃいますけど。


子育て中のお母さんを社会とつなげる仕事



若林

最近は子育て支援として、母親向けの「MIGAKU」という事業もされているんですよね。これは具体的にどういうものなんですか。



河口

もともとは、子育て中のお母さんたちは社会から孤立してしまいがちな問題があるということで、仕事で社会と結びつけるという観点で始まった事業です。
女性の場合、妊娠・出産でキャリアが中断して、職場から離れて家で過ごしている間に、どうしてもタイムマネジメントと対人コミュニケーションのスキルが鈍ってしまうんですよね。そうすると、すごく仕事がやりづらくなる。
仕事には納期や評価がつきものですが、一日の大半を投じている育児や家事にはそれがない。できていることが当たり前。達成感で人は成長するのに、育児や家事で達成感を求めるのは難しいじゃないですか。子どもの成長という面はあるにしても。
この問題を解決するには、仕事をするしかない。在宅ワークで、一日のどこにその仕事の時間を作り出すかを考える。それを繰り返してもらうことで、タイムマネジメントの考え方もできていくはずだ、という方針でやっていました。



若林

一般的な「働く理由」としては「お金」と「家とは違う友達関係」を求めてのことが多いと思うんですが、事業説明会でそうしたお話をされて、子育て中のお母さんには河口さんの考えがうまく伝わりましたか。



河口

そこはまったく問題なかったですね。お金だけが目的の人は、そもそも私たちの説明会には来ないというのもありますが、やはり「自分が社会とどのように関わるのか」について考えている人が、私の話に共感してくれるんだと思います。
たとえば「月3,000円稼ぐことから始める」なんて「ちっちゃいこと」だとバカにされるかもしれないんですが、コツコツやっていくことが得意な女性は多いですし、最初の一歩を踏み出すことが大切なんですね。その「ちっちゃいこと」を達成して評価されて、それを積み上げていくことが励みにも実績にもなり、やがて大きく成長した人を私は見てきました。



若林

継続してことで自分が変わっていく、というのはありますからね。一歩踏み出して経験することで、自分に何が向いているのかが分かったり、次のチャンスで適切な判断ができるようになったりする。



河口

そうですね。人によっては地域活動などで社会とつながるのが向いている、という人もいて。すごく印象に残っているのが、子育て支援情報誌をやってもらったケースですね。子育て中のお母さんたちに、企画運営から編集、営業まで全部やってもらって。情報誌を印刷するお金を得るために、商店街のお店に行って「広告」をとってくるんです。「私たち子育て支援の情報誌を創ってるんです。応援してください。」ってベビーカーを押しながらセールストークされたら誰も断れない(笑)。



若林

外から要求される仕事なのか、内発的な動機による自分たちのためのことなのか、という違いはあっても、パソコンは使うし納期はあるしタイムマネジメントは必要だしで、要求されることは同じですもんね。



河口

そうですね。仕事では、たとえば子どもが病気になったりして仕事を休まなくちゃいけない、あるいは辞めなきゃいけないとなったときに、きちんと状況判断して、周りに迷惑をかけないように行動することが大事ですよね。その疑似体験をしてもらったのかな、という思いはあります。



若林

子育て中のお母さんは、そのあいだ仕事をサボってるわけではなく全力でやっているのだけれど、社会で活躍するスキルやマインドを残念ながら失ってしまうっていう問題がある。それに対して、もう一度社会で活躍できるよう、どうやってトランジション(移行)するのか。そのソフト・トランジションの仕組みとしてのプロジェクトワークということですね。



河口

ここまで私がお話しした内容って5年ぐらい前までのことで、今ではクラウドソーシングの仕組みも一般的なりましたよね。現在の私のライフワークは、起業の支援なんです。社会の役に立ちたい、地域の役に立ちたいっていう思いのある女性が出てきていて。



若林

私のところの学生も、将来は起業することを選択肢に入れている、それも「自分らしく生きていくための手段」として起業を捉えている人が少なくないですね。



河口

私のまわりでは、起業を志す50代以上の人も多くて、みんな「自分は90歳まで現役で働きたい、学び続けたい、そのためには自分で仕事を創らないと、会社を起こさないと」って言ってるんですね。



若林

お金をちゃんと得られないと自分の生活が回らないので、お金の問題も重要ではあるけど、利他的自己主義というか、利他的に生きることが自分の幸せであるっていう考え方は、確かに感じますよね。



河口

今の時代はSNSもあるし、決済機能なんかも簡単に導入できて、資本金ゼロでも事業は始められる。あとは自分の考えることがどれだけ周囲の共感を得られるかだと思います。いわゆるスモールビジネス、半径5kmの商圏を知り尽くさないと事業はできないよって伝えています。そこで彼女たちが見つけた問題や意見は、福祉的なことも含めて、私が企業や行政とつないだりもしています。その仕事をする中で、いま面白い女性が増えてるなぁっていう実感はありますね。



若林

21世紀の地域社会って、企業や行政がそういう市民レベルで支え合って、ネットワークを作っていくことなのかなと。きっと日本全国が同じような課題を抱えていて、それぞれにいろんな動きがあって、うねりとなってどう広がっていくのか、また河口さんのお話をお聞かせいただくのを楽しみにしています。



河口

ありがとうございます。


CIECにもっと女性の視点を



若林

最後に、いまCIECに対してどんなふうに思っているのか、ちょっとお聞きしたいと思うんですが。



河口

そうですね、私がCIECに参加するようになった1つのきっかけが「河口さんは実践していることは誰にも負けないけれど、それを支える部分の知見がまだ弱い。CIECはそこを補完してくれるんじゃないか」と言われたことなんですね。CIECの活動、PCカンファレンスなどで議論をすることで得られるものが、私にとって今も魅力に映るところです。
ただ、新たな気づきとか意外な発見は、かっちりした議論じゃなく、カジュアルな雑談から生まれることも多いので、そういう話ができる場としてもCIECが機能すると良いのかなと感じます。



若林

そういえば、最近、CIECでは学校の先生らによるサタデーカフェといった取り組みも始まりました。



河口

そうですね。そういった場もできることで、女性も参加しやすくなり、CIECに女性の視点も増えていくんじゃないかと思います。そこにはすごく期待したいですね。教育に関する内容だけでなく、例えば、10代や女性にCIECへの共感を生み出す仕掛けとして、「インスタ映えするPCカンファレンスとは?」をテーマに話し合ったりしてみたいです。



若林

そうですね。本日はどうもありがとうございました。


インタビュー実施: 2021年7月12日
編集: CIEC広報・ウェブ委員会 角南北斗