CIEC会長の若林靖永教授(京都大学経営管理大学院経営研究センター長)がCIEC会員を中心にユニークな研究や実践に取り組む方々を自らがインタビューする企画、第3回です。

今回は、オンライン学習サービスを全国規模で展開する「スタディサプリ」のtoB向けサービス責任者である池田脩太郎さん(株式会社リクルートマーケティングパートナーズ)へのインタビューを2019年7月16日にoak meguroの同本社オフィスにて行いました。


編集・写真 : CIEC広報・ウェブ委員会 木村修平


オンデマンドな学習をサポートするスタディサプリ


池田脩太郎さん(左)と若林靖永・CIEC会長(右)。インタビューが行われた本社オフィスはまるでカフェのような開放感の雰囲気でした。


スタディサプリは社内ビジネスコンテストから生まれた



若林

本日はお忙しいところありがとうございます。どうぞよろしくお願いします。私が代表をつとめるCIECでは長年コンピュータやテクノロジーを用いた教育のあり方を考えています。会員の方々の多くはスタディサプリのような取り組みに注目されていると思います。



池田

こちらこそ、ありがとうございます。よろしくお願いします。



若林

さっそくですが、スタディサプリ誕生のいきさつを教えて下さい。



池田

私の経歴からお話させていただきますと、2009年に京都大学を卒業し、リクルートに新卒で入社しました。3年後の2012年に社内のビジネスコンテストであるNew RINGにスタディサプリの原型を教育事業の統括をしている山口(文洋氏)とともに提案し、グランプリをいただきました。



若林

最初は「受験サプリ」という名称でしたね。



池田

そうですね。現在では4万本の動画コンテンツを配信していますが、最初は本当にゼロベースでした。協力してもらえる先生を見つけて連絡をとるところからのスタートでした。



レッドオーシャンの受験産業にイノベーションを起こしたスタディサプリ



若林

日本では大学受験が長らく大きな教育産業になっていますが、そのぶん既存のプレイヤーもたくさんいます。スタディサプリを立ち上げられたとき、どこにビジネスとしてのチャンスがあると思われましたか?



池田

リクルートには約50年にわたる進学支援の実績がありまして、私はもともとその部署に在籍していました。大学や専門学校の情報を高校にお届けするという仕事です。



池田

その中で、高校の先生方と高校生たちの本質的な悩みが見えてきました。先生方はとにかくお忙しくてきめ細かな進学指導をしたくてもできない。高校生たちは行きたい進学希望先があっても学力が足りなかったり勉強する機会がなかったりする。ここに向き合わなければいけないんじゃないかと強く感じました。当時知り合った山口とも共通する課題認識でした。



若林

今となってはスタディサプリは進学指導や受験勉強のインフラとして定着した感があります。週刊モーニング連載の『ドラゴン桜2』では、前作とは異なり、予備校教師の代わりにスタディサプリを使って、東大をめざす受験生が学んでいますし、ドラゴン桜とスタディサプリとのコラボレーション企画(リアルドラゴン桜プロジェクト)を見たときはさすが!と思いました。



池田

ありがとうございます(笑)。



若林

今ならそう思えるんですが、先ほど申し上げたように日本では受験が一大産業になっていて、多数のプレイヤーがいますよね。問題集もある、参考書もある、塾もある、予備校もある、通信教育もある、いわゆるレッドオーシャン状態。なんでもある中で、なぜ新たに参入を決められたのですか?



池田

リクルートが新規事業に求める大きな基準が3つあります。まず市場が魅力的かどうか。2つめはそのアイデアで競合に勝てるのか。最後にそのアイデアが実現可能かどうかです。



池田

市場という観点で言えば、当時、教育産業は幼児教育から高等教育まで全体で1兆円規模です。高校教育だけでも5000億円。ただ、生徒の1/3は塾や予備校に行ってるんですが、残りは、高校の授業で満足していたり、経済的、地理的事情といった何らかの理由で行ってない。18歳人口は減少傾向にありますが、10年、20年のスパンで見ると一気に減るということもない。ここがターゲットになると思いました。



若林

なるほど。



受験産業が陥ったイノベーションのジレンマ



池田

競合に勝てるかという点で言えば、当時、既存の塾や予備校では生徒1人あたりの単価をあげて利益率を確保している状況でした。オンラインの授業配信事業も行っていたんですが、実際のスクーリングとほぼ同じ単価でした。典型的な「イノベーションのジレンマ」に陥っているなと思いました。



若林

既存のプレイヤーは自身の持つ優良な事業に固執するがために新領域への参入が遅れ、新興の破壊的イノベーションに太刀打ちできなくなるというクリステンセンの指摘ですね。



池田

ええ。オンラインで行うことで安価で提供できるのはわかっていながら、既存の顧客を失うことを恐れて大胆な事業展開ができていませんでした。ですから、私たちが破壊的なイノベーターとして参入できるのではないかと考えました。また、当時韓国ではすでにメガスタディというオンライン予備校が受験生に行き渡っていて先行事例として大いに参考になりました。



池田

最後に事業として可能かどうか。これについては、実はリクルート社内の人間よりも私たちの示したモデルに強く共感してくださったのが塾や予備校の先生方だったという事実が後押しになりました。



若林

と言いますと?



池田

塾や予備校の先生も主に2パターンいらっしゃって、年収1億円プレイヤーのカリスマ講師もおられれば、できれば指導だけに集中したいけれど生徒に自分の講座をすすめて受講してもらわないといけない先生方もいる。日本の教育を変えたいと思ってはいるけれど既存のビジネスモデルが原因で不自由な思いをしている先生方が私たちのビジョンに強く共感してくださいました。



若林

質の高い教育コンテンツを実際に持っている人たちの支持が得られたのは非常に大きいですね。


月額980円で見放題というサブスクリプションモデル



若林

スタディサプリは月額980円という設定になっていますが、これはどのように決まったのですか?



池田

当初は既存のオンライン教育ビジネスを参考にして1科目数千円という価格を設定したんですが、はっきり言えば売れませんでした(笑)。そこでベンチマークを変えました。当時、Huluというサブスクリプション型動画配信サービスが日本に上陸して、月額1000円未満だったんです。



若林

Huluは日本での本格的なサブスクリプションサービスの走りでしたね。



池田

そうなんです。膨大な数の映画や番組が見放題で1000円未満、そしてユーザー数も伸びている。そこで私たちも価格を見直して、授業を見放題にして月額980円で提供することにしました。すると一気に登録者数が伸びたんです。



若林

仮に英数国3科目で5000円だとしても決して高いわけではないですよね。むしろ安い。でもそういう価格設定だと売れなかった。単に安くなったから売れたというだけではないと思うのですが?



池田

スタディサプリに限らず、オンライン上のサービスにお金を払うとき、ユーザーはある程度以上の価格に対して、結果として何が得られるかということにとても敏感になる傾向があります。これだけのお金を払ったらどういった効果が得られるのか、先に教えてほしいわけです。それに納得しないとある程度以上のお金はだしてもらえない。



若林

月額980円はその心理的な抵抗感に触れないラインということですね。受験という人生のイベントに関わることに月額5000円を払うと「これに賭ける」という感覚になりますが、月額980円だと「これもやる」というまさにサプリメント的感覚に近い。



池田

はい。月額980円であれば、いつやめてもいいかなと思ってもらえますし、一度やめてもまた登録してもいいかなとも思ってもらえます。社内ではいっそのこと月額100円にしてはどうかという大胆な意見も出ましたが…。



若林

さすがにそれだと日本の高校生全員が登録してくれても利益が出ませんね(笑)。



池田

はい(笑)。



徹底的な分析にもとづき洗練を繰り返す動画コンテンツ



若林

スタディサプリは授業の動画コンテンツを見るということを基本モデルにしておられますね。動画コンテンツのクオリティをどのように担保しておられるのかお聞かせください。



池田

立ち上げ当時、私はコンテンツの責任者もやっていました。当時ずっと考えていたことは「良質な授業の動画コンテンツとは何か?」という問いに答えを出すことでした。もちろん私を含め社内で誰も答えを持っていませんので、授業評価の高い先生方の授業に注目しました。生徒を集中させる魅力のある授業はどうやって成り立つのか、定量的に分析しようと思ったんです。



池田

スタディサプリの動画コンテンツは1秒単位で視聴率が分析できます。15分のコンテンツですと、最初は視聴率100%でも15分後には60%になっている場合、40%が離脱するポイントがあるはずです。



池田

ある動画では、再生開始直後からどんどん視聴率が落ちていました。原因を調べてみると、先生が授業の目的を詳細に解説したり受験生への熱いエールを送っていた。視聴者の高校生は極めて合理的で、そんなことはいいから自分が解いた問題の答えを早く教えてほしいと思ってるんですね。



若林

なるほど(笑)。



池田

また、先生が板書している時間も脱落ポイントになりやすいので板書部分はカットする。こういった細かい改善を繰り返していくことで60%だった最終視聴率を100%近くまで上げることができました。



池田

動画視聴後の5段階レーティングも重要です。基本的にレーティングで4.5を下回る動画については撮り直しになります。現在スタディサプリには4万本の動画がありますが、全てこうした改善を繰り返しています。



若林

定性的な評価ではなく、あくまでも定量的なデータにもとづいて教育の質を改善しているというのは非常に興味深いですね。先生にとっても授業改善に繋げやすい。



池田

ベテランの先生の中にはご自身の教え方に絶対の自信を持っておられる方もいらっしゃるんですが、データとして改善できる点をお見せすると撮り直しにも応じてくださいます。約300万人のスタディサプリユーザーのデータからは、生徒たちが面と向かって先生に言えない要望が見えてきますし、なにより先生方はいい授業をしたいと思っておられますので、この改善サイクルは効果的だと思います。


学習継続をオンラインでサポートするコーチング制度



若林

オンラインを通じた教育では、MOOCなどでもそうですが、継続率の低下は大きな問題だと思います。いつでもどこでも勉強できる環境というのは、いつでもどこでもやらないになりかねない。スタディサプリではこうした課題にどう対応されていますか?



池田

スタディサプリでは現在、大学生が受験生の学習サポートをするコーチングサービスも展開しています。元ユーザーがコーチになる事例が増えており、スタディサプリを用いた学習方法を具体的にアドバイスできます。またユーザーからは、年齢が近いこともあり気軽に学習相談ができます。



若林

それは興味深い取り組みですね。卒業ユーザーが現役ユーザーをコーチングするエコシステムができているわけですね。



池田

はい。ユーザーからの相談はナレッジデータベースにしてオンライン上でコーチたちに共有されているんですが、ほとんどの質問は教科に関することよりも、模試の判定で悪い結果が出て挫けそうだというようなモチベーションに関するものが多いんです。



若林

ダイエットのライザップもそうですが、今いろいろな領域でコーチングの機能が注目を集めていますね。勉強もダイエットもそうですが、誰でも一定期間続ければ効果は出るんですよね。でも、続けることが難しい。そこをコーチングが補完するんですね。


先生を支援するスタディサプリ for Teachers



若林

最後にお尋ねしたいのはアダプティブラーニングの観点でのスタディサプリの活用についてです。4万本も動画コンテンツがあるのでしたら、学習者ひとりひとりに適したコンテンツをどのようにマッチングされているのでしょうか?



池田

スタディサプリでは2016年から教員向け学習管理機能「スタディサプリ for Teachers」をリリースしました。サービス内の到達度テストをもとに、生徒の苦手とする学習領域を具体的に可視化することができます。



若林

通常の模擬試験との違いはなんでしょうか?



池田

たとえば英語では、通常の模試ですと「文法が苦手です」といった漠然としたフィードバックしか行われませんが、スタディサプリの到達度テストでは「文法単元の中でも現在進行形が苦手ですのでスタディサプリのこの動画で学びましょう」というように、かなり詳細にフィードバックし、コンテンツをレコメンデーションすることができます。



若林

これも興味深い試みですね。日本の学校の先生は忙しすぎて教科指導に注力できないことは全国的な問題になっています。



池田

はい。スタディサプリは受験生をサポートするサービスとしてスタートしましたが、日々の教育現場で生徒と直接対峙しておられる先生方をサポートするパートナーとしてもご利用いただけると思っています。



若林

スタディサプリがオンラインで教科指導を助けてくれるのであれば、生徒が集まる学校という物理的な空間で先生は何をするべきなのか。テクノロジーの力を借りることで、学校でしかできないことは何なのか、そのことがあらためて問われている。そういった意味でも、いまボールは学校の側に回っている印象を受けます。とても興味深いお話でした。本日はお忙しいところ本当にありがとうございました。



池田

こちらこそ、ありがとうございました。


インタビューを終えた池田脩太郎さん(左)と若林靖永・CIEC会長(右)。