KETpicは LaTeX文書に数式処理(リスト処理)ソフトで作成した図を挿入することができるマクロパッケージであり、最近は動的幾何ソフトウェア Cinderellaとの連携も行われている。KETpicの開発経緯と、それを活用した教材作成に対する思いを、開発者である東邦大学訪問教授、高遠節夫さんにお聞きした。
(インタビュアー:CIEC会誌編集長 中村泰之)


※ Special第7回は、CIEC会誌『コンピュータ&エデュケーション』(Vol.39)の巻頭INTERVIEW(pp.3-10)を、3号(上・中・下)に分けてお送りします。今回はその「下」です。


第7回#1(上)の記事はこちら
第7回#2(中)の記事はこちら

学生が何を考えるかに思いを馳せる



中村

KETpicが誕生して、約10年ですね。



高遠

そうですね。先ほどの培風館の図書目録にも書いたことなんだけど、井上ひさしさんの「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく」という言葉が好きで、新しい教科書執筆メンバーが入ってくると必ずこの言葉を伝えます。それとあとはやはり学生がわかるかどうか。教科書を書くときに一番大事なのは、学生が勉強するときに、どう感じるかで、そこにやっぱり思いを入れる、思いを馳せる、ということを僕はいつも言ってるんですね。



中村

学生がどう感じるかですか。



高遠

そう、読んだときのその感じ方っていうのは、自分たちの思いで教師が独りよがりに書いちゃうと、たぶん学生はわからないんですよね。まるっきり別のことを考えちゃう。その時に何を考えるかということまで、そこまで思いを巡らせて書くべきではないかと思うんです。



中村

何を考えるかに思いを巡らせる。



高遠

そう、何を考えるか、これを読むときに、何をどういうふうな気持ちで読むのか、ここから何を理解するか、そうすると、1行もおろそかにできないんですよ。

「自明」は禁止



高遠

結城浩さんの「数学文章作法」という本があるんですが、その中でも本を書く一番のポイントは何かというと、「読者のことを考える」ということだと。「自明」は使っちゃいけないとか。一番の大原則は何かっていうと、読者のことを考える、つまり読者がこの一文を読んで何を感じるか、このことと教育というのは、また教科書もそうだし、こういう配布教材もそうだけど、やっぱりそこは通じるものがあるんじゃないかと思いますね。教材の方は、配っていると反応が見えるからいいんだけど、教科書は見えないじゃないですか。だからやっぱりこちらで想像しなくちゃいけないわけです。そこに実は教師の経験というのがものすごく大きくて、それを活かして教科書をつくるべきだと思うんですよね。



中村

何を感じてほしいか、まで考えるのですか。



高遠

もちろんそれを含めてまでね。だから何を感じて、何をここでわかってほしいかというところです。どこで引っかかるか。変なところにものすごく引っかかる。引っかかって「うーん」ってやっているうちに授業の方はどんどん先に行って、それで置いていかれるってことがよくあるんだけど、だからここで何を感じるか。感じて、何で引っかかるかというところまでちゃんとやります。

人との出会いを大切にして



中村

わかりました。今後の KETpicの進む方向性について、何かお考えはありますか。



高遠

高専の教員としてずっとやってきて、それなりの仕事もして、最後は学生関係の役職もしてから、縁あって東邦大学に移ったんですけど、ただどちらかっていうと内々の世界でずっと来ました。ところがこの東邦大学に来たら、否応なくいろんな外部の人とやらなくちゃいけない。いろんな会をオーガナイズしたりしないといけなくなって。それから、外国の人たちとも。私は59才のときこちらに移ったんですよ。だけどその年まで英語なんかまるっきりできなかった。もちろん読むことはやりました。ところがしゃべるなんてことはなかなか。それはイグレシアスさんにだいぶ鍛えられたんだけど。今ももちろん全然うまくないんだけど、どこの誰がきても、今度日本に来てよということはちゃんと言えて、ちゃんと来てくれるんですよ。 59、60までしゃべれなかった人間が、ここに来てガラッと変わるんですよ。私を変えたのが人。そういうことがあって、あるときから積極的にいろんな人と付き合うようになった。

研究とは「人との出会い、ものとの出会い」



高遠

今年の年賀状で書いたんだけど、やっぱり研究というのは「人との出会い、ものとの出会い」だと。ただ、それは僕が言ったんじゃなくて、東工大から木更津高専に来られた校長先生が、研究ってこうだよと言われていて、その頃は、はぁそうですかという感じでした。でもここへ来て、ものすごくそれを感じる。やっぱり人と出会ったことがものすごく大きいし、自分がこの KETpicを持っているということはあるんだけど、それによってまた他のものと出会えるようになった。だからやっぱり研究は人との出会い、ものとの出会いだと、今この歳になって、ものすごく実感として僕の中に入っているんですね。ストンと落ちる、となっている。


左:中村泰之(CIEC会誌編集長)、右:高遠節夫さん(東邦大学理学部訪問教授、KETpic開発者)


高遠

そういう意味から言うと、何人も色々な人と知り合った中で、去年から今年にかけて大きかったのは大島利雄先生。数学の一つの分野の第一人者の方が、今年定年退職になられて他の大学に移ったら、かなり教育をやらなくちゃいけないなということもあって、先生の方からコンタクトしてくださったんです。こちらもしっかりやって、そうするといろいろなテーマを出してくださるんですよ。もちろん数学のテーマじゃなくて、ひとつは大島先生の作られたベジェ曲線の制御点のとり方。それをこの間、数値積分に使って KETpicに組み込みました。そうしたらね、普通数値積分って言うと台形公式とか、あとは関数がわかっていればシンプソンの公式とかあるけれども、点だけの場合は台形公式になるじゃないですか。ところがその点と点の間の部分を先生のベジェ曲線で計算してやると、数値積分が5桁から6桁合っちゃう。たいして点の数を取らなくても。だからいろんな人と会って、新しいことが、自分のやらなくちゃいけないテーマが、いろいろと出てきたんです。

KETCindyが数式処理機能を持つという将来像



高遠

もうひとつは大島先生は Risa/Asirを使っていらっしゃる。今、KETCindyからターミナル経由でシェルを一旦走らせることによって Rを呼ぶことをしようとしていますが、同じ方式で Risa/Asirを呼べるんじゃないかと。そうなってくると、つまり KETpicとか KETCindyの Risa/Asir版ではなくて、まさに KETCindyが数式処理機能を持ってくれることになります。そのようなことも一つのテーマとしてはあります。



中村

KETpicの今後の可能性ですね。



高遠

研究というのは、はじめは地上にいたのが、だんだんと柱とかタワーを登っていくのと同じで、下にいるときには自分の研究がどこにいるかわからないけど、上に行けばいくほど視野が広がってどんどん見えてきます。だからやればやるほど、やらなくちゃいけないことというか、やりたいことがどんどん増えてきちゃって。Javaや R、Maxima、Risa/Asirなどのもついろいろな機能を内部化することも、これからやるべきこととしてあります。

教育面での客観的な評価も課題



高遠

あとは、教育面で見れば KETpicで作成した教材の客観的な評価で、一つは脳波関係の計測というのを情報の先生とタイアップしながらやっていきたい。ただ最近は倫理問題がかなり大きくなってきて、同意書をとったり、倫理委員会を通さなきゃいけないなど難しくなっている面もあるんだけど。もうひとつは普通の教室でもっとリアルタイムにデータが集められないかなということです。無線で信号を送る端末を使って、何枚かの教材を読んでもらって、各ページの選択式の問題を解くタイミングでボタンを押してもらうんです。何時何分何秒に何番のキーを誰が押したというデータも集めてみたい。これは脳波計測みたいなものではないんですけど、統計的な解析を用いることになります。



中村

今日はいろいろと興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。



高遠

ありがとうございました。

3号に分けてお送りしてきた「学生が何を感じるかに思いを馳せた教材作成を目指して」は、今回の記事で終了です。お読みいただきありがとうございました。次回のSpecial記事にもご期待ください!